「怒り」の感情は何のためにあるか?

Milk
こんにちは。
皆さんは、「イラッ」としたりすることありますか?

怒ったり、イライラしたり。

日常生活の中では、自然に発生する感情です。

でも、いつも怒っていたりすると、自分を責めたりしますよね。

「どうして、すぐ怒ってしまうのだろう・・・」とか、「また、余計なことを言ってしまった・・・」とかね。

実は、「怒り」の感情には役割があることを知っていましたか?

怒りを感じるのは、「何か酷いことをされた!」ということに気づき、感じるものです。そして、その勢いで「酷いこと」を取り除こうとしているのです。

つまり、言い換えるなら「怒りは心の痛覚のようなもの」と言えます。

「怒り」の感情は悪いことではない

私たちは、何か危険なものに触ったりすると、「痛い!」と感じますね。

何か対処をしなければならないと感じます。

心にも身を護るために「怒り」という痛覚が存在します。

それを排除するためにパワーを使うのです。

と言うことは、「怒り」を感じるということは、そこに「何か問題がある」ことを示しています。

問題に気づくチャンスであり、そこを改善出来るからです。

そう考えると、「怒ること」=「悪いこと」ではないことは分かると思います。

しかし、「怒り続ける」ことは少し違います。

どうして「怒り続けて」しまうの?

ずっと自分の中で、怒りが消えないということはありませんか?

これには幾つか理由があります。

  • 怒るのを止めると相手の罪がうやむやにされるように感じるから
  • 自らの非に気づいて侘びて欲しいから

などがあります。

自分が「被害を受けている」と感じるからです。

そして、適切な対処を相手にとって欲しいと思います。

ただ、これには少し問題があって、「相手のアクションがなければ怒りが解消しない」という点が挙げられます。

「被害」の気持ちが解消するのを、相手に委ねているのです。

そうなると、怒りによってどんどん自分の人生の時間が損なわれていくという、相手に振り回される悲しい結果となります。

「怒り」を抱いたら「原因究明」に力を注ごう

「相手が、相手が、相手が!」と考え続けると、いつまでも怒りの感情は消えないですし、自分の心は不安定なまま時間が損なわれていきます。

「怒りは痛覚」でしたね。

ですから、その「問題」に目を向けて適切な対処をすることに考えを集中させてみましょう。

本当に「被害」があったか?

人の感じ方は様々です。

「怒りが出てくるのは、相手が怒らせているからだ」と考えがちですが、実は違うということがあります。

一つ例を考えましょう。

電車にあなたが乗っていたとしましょう。

そこへ、母親と小さな子どもが乗車してきました。

子どもは外の景色が楽しいらしく、はしゃぎながら外を眺めています。

その子は靴を履いたまま、座席に立って興味津々に外を眺めます。

さて、あなたはどんな感情を抱きますか?

f:id:maxminkun:20180329170444j:plain

ある人は、「靴を履かせたまま座席に立たせるなんて、躾がなってない!」とイライラするかもしれません。

別の人は、「外がそんなに楽しいのか。私にはいつもの風景だけど、子供には違って見えるんだなぁ」と感心するかもしれません。

さて、どちらが正しいということはありません。

ここで確認したいことは、同じ事象に対しても、人によって大きく感じ方が異なるということです。

「相手に怒らされている」という風に思いがちですが、実のところ怒りを増幅させているのは自分なのです。

と言うことは、怒る対象をもう一度見直してみると、「怒らない」という選択が可能な場合があります。

怒りを手放す。つまり、「自分が怒る必要はないな」と見なせることもあります。

もう少し適用しやすい例を出しますね。

あなたは上司から「君はいつも途中でミスをするよね」と言われました。

もちろん、年がら年中ミスをしているわけではないし、上手く行ったこともあります。

すると、段々「イライラ」してきます。あまりにずっと「怒っている」と、その上司を見ただけでも「ムカつく!」となってきます。

少し見方を変えてみましょう。

振り返ってみるとその人は、あなただけでなく誰に対しても「君は◯◯だよな!」と決めつけたがる人だということを思い出しました。

その人の習性で、問題はその人にあるのです。

自分を否定されたとイライラするのではなくて、「なーんだ。あの人の性格か。誰とでも摩擦が起きるだろうな。でも、それはあの人の問題」と放り投げることが出来ます。

余計に抱え込んで、自分の時間をその人の為に無駄に使うこともないのです。

病気やバイオリズムの症状として出ることも理解する

うつ病の場合、脳の状態が不安定であるため感情を上手くコントロール出来ないということがあります。

また、双極性障害の場合は、躁状態だと頭の回転が早くなり、周りが自分のペースに追いついてこないことに苛立ちを感じることもあります。
(躁状態は寝ずに物事を集中的に行ったりするなどの症状が出たりします。)

この場合は、問題は病気の症状ですから、後でそれが振り返られるように記録しておくか、周りの人に覚えておいてもらうことが大事でしょう。

その症状の出方によっては、薬が体に合っていなかったり、量が適切でないということも考えられます。

薬は、何度か試しながらその人に適切な種類と量を探します。

ですから、日常の中でどのような変化があったのかを、正直に担当医に伝えることは大切です。

それがなければ、薬を適切に調整が出来ないからです。

また、そういう理由によって「怒り」の感情が出てきてしまうということがあると分かると、自分を過度に責める必要はないでしょう。

確かに怒りの後に、様々な理由で落ち込んでしまうこともあります。

自分のリズムを理解することで、徐々にこのように対処しようという答えが見えてきます。

また、女性特有の問題として、生理前のホルモンバランスの変化によってイラつきが出てくることもあります。

日常生活に支障をきたす場合は、治療するということも出来ますので、産婦人科などに相談をしてみましょう。

「怒っている」のを鎮めるために

「怒り」は悪いことではありません。

何か不快に思うことがあるということなので、それが発生することは自然なことなのです。

「怒ったらダメだ」と思うと、今度は「我慢している」という別の怒りが出てきます。

ですから、素直に「自分は怒ってるんだな」ということを認めることが肝心です。

そして、「どうして怒ってるんだろう?」と原因について考えて、解決の方向へ導きます。

以下の方法を使ってみるのはどうでしょう。

同じ目に遭った人に話しかける時どうするかを考えて、自分に語りかける

これは怒っている自分に優しくするということです。

他の人が同じ状況に陥ったら、どのように言って話しかけるだろう。安心させてあげるだろう。

と考え、同じように自分に語りかけます。

きっと、あなたは他の人が同じような状況で、怒りで苦しんでいたら助けてあげたいと思うでしょう。

それを自分にもしてみるのです。

体を動かす、その場から離れる

怒りがあまりにも強い場合は、何に怒っているのかが分からないというレベルに達している可能性もあります。

そんな時は、一旦気分を入れ替えることです。

その状況から離れます。

最も効果的なのは、体を動かすことです。

最後に

さて、いかがだったでしょうか?

「怒りは決して悪いことではない。」というのは意外でしたか?

「怒り」は痛覚です。

問題が何かあるということを理解するために必要な感情なのです。

ただ、「怒り」に振り回されてしまうと、問題が出てくるというだけです。

では、「怒り」の原因を探そうと思ったときに、他にどんな原因が考えられるでしょう?

それはまたの機会にコラムにしますね。

それでは、今回はこの辺で。

adios!!

2 thoughts on “「怒り」の感情は何のためにあるか?

Leave a Reply

Your email address will not be published.Required fields are marked *

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。