「被害」から生じる「怒り」とは?

Milk
こんにちは。Milkです。
前回は、「怒り」は決して悪い感情ではないことをお話しました。

「怒り」と聞くと、それはとても悪い感情で「抱いてはいけないもの」と感じる方もいることでしょう。

しかし、それは自然に発生するもので、いわゆる「心の痛覚」と例えることが出来るということでした。

→ 「怒り」の感情は何のためにあるのか?

問題となるのは、「怒り」そのものではなくて、「怒り続けること」

自分の怒りの感情と上手く付き合っていくには、どうしたらよいのでしょうか?

今回は、「被害」から生じる「怒り」について考えてみたいと思います。

様々な怒りのパターン

幾つか怒りを感じるシチュエーションがあると思います。

それを挙げてみますね。

「予定が狂う」から来る「怒り」

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相手と約束をしていたのだけれど、それが計画通りに行かない。

そんなことってありますよね? イライラしてしまいます。

予定狂いによるパニックを「怒り」と感じてしまうのは、それによって自分に「被害」があるからです。

「予定が狂った」という現実が「被害」と言えます。

私たちは、突然の被害に遭うと、反射的に「闘うか、逃げるか」という選択肢をするようにできています。

この場合、予定が狂うことは逃げることが出来ない事実なので、反射的に「撃退モード」になってしまいます。

また、受け入れ難い現実なので、「予定が守れない」という結果に対して、「被害」と感じます。

この「怒り」がおさまるのは、「まぁ何とかなるだろう」と心に余裕が出来たときです。

反射的に「撃退モード」になっているため、段々と時間が経つにつれて落ち着いてきて、怒りもそれに比例しておさまってきます。

しかし、どうしてもそう思えない人は「怒り続け」、つい必要以上の「言いがかり」をつけてしまうこともあります。

この、「言いがかり」は、「何とかして欲しい」という悲鳴の裏返しとも言えるでしょう。

「心の傷に触れられた」ことから来る「怒り」

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「相手との関係性の中で心が傷ついた」という場合があります。

この、「心の傷とセットになった怒り」は、単なる「予定狂い」の場合よりも、強く長くなる傾向にあります。

心の傷を反映した怒りは、当然ながら「心が癒やされれば」怒りを手放すことが出来ます。

「自分の傷はまだ癒やされていない」という感覚と怒りがセットになっている状態です。

この怒りは、心の傷が癒やされない限り積み重ねられていき、「自分のことを大切にしてくれない」など関係性そのものを問題と感じるようになり、「くすぶる不満」につながりやすくなります。

また、以下の反応を示すこともあります。

  • 相手に対して怒りを覚える
    (自分の心に傷をつける相手を「加害者」と判断するため)
  • ちょっとしたことでも「脅威」に感じて怒りを持ちやすくなる
    (既に心に傷があり、痛みに対して敏感になっているため)
  • 少しでも「脅威」と感じることは徹底的に排除する
    (心身全体が「再び傷つけられないように」と集中するため)
  • 過去のことを思い出すときに怒りを覚える
    (傷つけられた過去を思い出すため)

「我慢」から来る「怒り」

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「人間としてあり得ない」という怒りを感じたことはありますか?

それは、「自分はちゃんとやっているのに」という本音があるからです。

自分は我慢しているのに相手は我慢してないと思うと、「被害」を感じます。

また、我慢癖がある人は、我慢以外の選択肢をとらないということもあります。また、我慢以外に選択肢はないと考えるのです。

そうすると、我慢していない人を見た時に「予定狂い」はどんどん大きくなっていきます。

「被害」から生じる「怒り」にどのように対処するか?

まずは、自分について「知る」ことをしてみましょう。

「どんな状況に、どんな人に」自分は腹を立てがちなのか?

例えば、以下のようなことなどはどうでしょう?

  • 「心の傷」があって、その部分は特に痛みに敏感になっている
  • 「何とか取り繕う」という予定が狂った時に、強く自己正当化したり、相手に反撃したりしがち
  • 自分が特に人間として我慢していることがあれば、それを逆なでするような人を強く「許せない」と感じる

他にも、「こういうシチュエーションは、自分は怒りやすい」というものがありますか?

これらに共通することは、「怒っている当人が、『被害』に遭って、困った状態にある」という点です。

これらの「怒り」は、「困ってしまった自分の心の悲鳴」と捉えることが出来ます。

以下の順番で対処してみましょう。

  1. 「誰が悪いか」と考える前に、「自分が困った状態にある」ことを意識する。
  2. 「自分はいったい何に困っているのか」という視点で考える。
  3. 「自分は何を求めているか」という部分に集中する。

大事なのは、特に1番の部分で「自分を客観的に見れるか」という点です。

とにかく、イライラがしたり怒ったり、何かに怒りをぶつけて冷静さを失ったり・・・

そのようにコントロール不能な状態に身を任せるのではなく、「自分は困っているんだ」と受け止められると、その困っていることにフォーカスが当たり、対処について考えられます。

そして、怒りのエネルギーに振り回される状態から解放されます。

最後に

今回は、「被害」から生じる「怒り」について考えてみました。

イライラしていると物事の判断が鈍りますし、自分に非はないのでますます怒りは大きくなっていきます。

そのような時、大切なことは「自分が困っている」ということを理解出来るかでしたね。

そのことが意識できると、心がぐっと固くなっているのを少しずつ解きほぐすことが出来るでしょう。

さて、次回は別のパターンの「怒り」を取り上げます。

それは、「役割期待のずれ」というものです。

相手にムッと来たら、もしかすると今回の場合ではなく、「役割期待のずれ」というものが原因かもしれません。

それでは、次回をお楽しみに。

adios!!

2 thoughts on “「被害」から生じる「怒り」とは?

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